キャリアコンサルティングにおいて、「傾聴」は大切ですが、クライアントとの関係性においてなぜ有効かを確認する為に、キャリアコンサルタントとクライアントの関係性を意識マトリクス理論にて確認をしています。意識マトリックス理論は、マーケティングにおけるグループインタビューにおいて「正のグループダイナミクス」を生み出すという視点から考察されていますが、この視点を利用して二人の相互作用であるキャリアコンサルティングを考察することが出来ます。
また、キャリアコンサルティングでは「見立て」という概念が存在しますが、これをどの様に枠組みで捉えていくのかという事を意識マトリックス理論にて理解してみます。
ここでの前提条件は、「キャリア開発面談」はキャリアコンサルティングとキャリアカウンセリングの関りの組み合わせで成り立っているとしていることです。
意識マトリクスマップにて、キャリアコンサルタントの意識は「見立(自己概念)」に向いており、クライアントの意識は「相談内容」に向いていると設定します。
クライアントの相談内容をクライアントの意向に沿って解決に進めることを視点として、各領域の内容を確認してゆきます。
①C/C領域:「話せる/質問できる」領域
この領域では、キャリアコンサルタントとクライアントはそれぞれの意識(認識)のもとで対話を行う事が出来ます。
この領域においては、
- キャリアコンサルタントは「見立て」への意識があります。クライアントも「相談内容」についての意識があります。
キャリアコンサルタントは、双方が意識が出来ていている範囲内での課題解決を提示することが出来ます。 - 現実的な確認ができる領域ですので、キャリアコンサルタントは「見立て」に沿った課題解決を提示します。
クライアントは「相談内容」に沿って、キャリアコンサルタントの「見立て」による課題解決の方策を選択するかどうかを判断します。「相談内容」がはっきりとクライアント側で意識出来ているので、課題解決策の選択はクライアントに委ねられます。キャリアコンサルティングがこの領域では有効に機能します。 - クライアントが「相談内容」を意識出来ているがゆえに、キャリアコンサルタントが提示した「見立て」が「相談内容」の根本的な解決につながらない場合や、それぞれの意識や経験が交錯しコンフリクト(軋轢)してしまった場合は、「妥協」や「抑圧」等不満が残る形でキャリアコンサルティングが終了する可能性があります。
- この領域のキャリアコンサルティングでは、クライアントとキャリアコンサルタントの「相談内容」の肯定・強化という位置づけを持つ可能性があります。クライアントにとっては、「相談内容」と提示された「解決策」が意識出来ているがゆえに、それほど目新しさのない「相談解決」となります。
- クライアントがキャリアコンサルタントの見立てを「情報購入」する「専門家的な関り」を行う領域だと言えます。
②S/C領域「話せない/質問できる」領域
- クライアントは、相談内容に関する「解決策」への意識がないので「話すことが出来ません」。
キャリアコンサルタントは、自らの「見立て」に意識があるので「話せますことが出来ます」。
つまりここではキャリアコンサルタントとして「見立て」に基づいた「解決策」を提示する事は出来ます。 - キャリアコンサルタントは「見立て」を提示してゆきますが、一方でクライアントに「相談内容」に関する意識があるかどうかは把握できない為、C/C領域と同様にクライアントに「相談内容」への意識があるものと仮定して、「見立て」に沿った「解決策」提示やその為の「状況把握」を進めてしまいます。
クライアントは解決策に対する課題意識がないので、①C/C領域と異なり、解決策を主体的には選択できません。通常のキャリアカウンセリングはこの領域での対話が基本となると考えています。 -
上記の状況では、クライアントはキャリアコンサルタントから、今まで意識をしたこともないような経験を訊ねられている状態になります。このようにキャリアコンサルタント主体の質問を受けても、クライアントはこれまで考えたこともない事について解答を求められているような状態なので、詰問(Asking)されていると感じます。つまり、キャリアコンサルタントはいくら「傾聴」をしているつもりでも、自身が自分の中での本質的なひとつの答えを見つけ出そうとしていると、「傾聴」がいつのまにか「詰問」に変化してしまいます。
クライアントの相談内容に沿わない突然の質問には、具体的に以下のような詰問も含まれるます。
A.ご相談の件について、ご家族はどのように言っていましたか?
(⇒家族に相談すべきなのかな?家族にどう説明しようかも含めて、相談に来ているのに・・・??。)
B.そのような状態に置かれた自分を顧みて今どのように感じられますか?
(⇒???何を聴いているのだろう。答えられるかな?)
C.周囲の方にご相談になったことはありますか?どの様な事をいわれましたか?
(⇒私は、あなたに相談に来ているのですが、なんと答えれば良いのだろう?)
D.その気になっている方に、あなたのお気持ちを直接話してみた事はありますか。
(⇒???話せないので相談来ています。相談しているのは、今ここのあなたにですよ?)
E.相談内容を振り返って、今どのように感じられますか?
(⇒感じる?なんと言えば?というよりどうすれば良いかを相談しているのに)
等の「見立て主導」や「状況把握」と位置付けて、クライアントとの共感・受容伴わない質問を行うことになり、クライアントからの信頼を得ることが難しくなります。
(注:意識マトリックス理論では関係性を取り上げていますので、上記の質問内容自体を不適切だと指摘している訳ではありません。同じ内容であっても次のC/S領域で出てくるように、クラアイントの経験や語りに寄り添いながら同じする質問をする場合は、クライアントは自身の経験から答えることが出来ますので、不適切な質問だと言えなくなります。) - このS/C領域では、キャリアコンサルタントが「見立て」に沿った質問をしても、クライアントにそこへの「意識」がない場合は表面上の受け答えや場当たり的な応答になってしまいます。上記と問いと対で受け答え例を示すと、
A.家族は多分心配すると思います。
(⇒家族にはまだ詳しく言えていませんが、そうしておこう。)
B.かわいそうだなと思います。
(⇒よくわからないが、一般的にはそういうことかな。)
(☆更にキャリアコンサルタントが、「かわいそうというのはあなたにとってどういう意味をもちますか?」と聴くことがあります。このような詰問はキャリアコンサルタントの自身の(テクニック)興味に沿っているだけで、クライアントにはより答えようのない詰問に感じられます。)
C.いいえ相談はできていません。
(⇒だから貴方に相談に来ています)
D.いや、ちょっと無理ですね。
(⇒それが出来ればここにはいませんよ。多分?)
E.「・・・・・・・?」
(⇒あなたはどう思いますか?私の話を理解ができていないのでしょうか?)
これらのように、クライアントとの対話が行き詰ってしまう状況にもなります。
また、上記以外でクライアントがそれらしい答えをしたとしても、それは自らの経験に基づかないその場で得た情報や一般的な知識を基に迎合的で当たり障りのない返答となっている可能性が高くなります。
合わせて、クライアントとしては相談をしているにも関わらず、自らの相談内容をしっかりと伝える前に、クライアントとして意味の分からない質問を受け続けて、不満足な状態に陥ります。 - クライアントの「見立て」「状況把握」に関する上記のような返答は、クライアントの相談内容から大きくずれてゆき、キャリアコンサルティングとしては難しいものになるとともに、返答を得たとしても詰問を行っているキャリアコンサルタントの意識が強く反映したものとなります。クライアントの相談内容の経験からはどんどん離れてゆき、キャリアコンサルティング自体が行き詰ってゆく結果になります。
- この領域は「診断型」の「医師的な関り」を行う領域だとも言えますが、上記のようなクライアントの信頼を得られない対話を経ることにより「医師的な関り」の基盤となる信頼関係の構築が難しい状態になります。
- キャリアコンサルタントは意識ある自らの「見立て」に基づいて対話を進めているので満足度は高くなり、場合によっては解決を進めたような気にもなりますが、クライアントは経験を伴わない考えた事もないことに対して質問されて、「どっかで聞いたような話」「自分の事情だとか本音が理解されていない」と不満を感じたまま面談を終了する結果になります。
- 上記のようなそのようなクライアントの感性にも気づけないキャリアコンサルタントは、クライアントが自身の「見立て(自己概念)」を理解できていないものだと一方的に判断し、より高圧的に(指導的に)クライアントに接することになる可能性もあります。
- 上記のような状態を避ける為にも、キャリアクライアントはクライアントの相談内容に沿った経験やその語りに寄り添い、傾聴をしながら、まずC/S領域に進むことが大切になります。
③C/S領域:「話せる/質問できない」領域
- クライアントは、「相談内容」への意識があり、その経験について話すことが出来ます。キャリアコンサルタントは、彼の「見立て」の範囲外になりますので、「質問ができません」。
つまり、この領域は、キャリアコンサルタントがが意図して到達することが難しいエリアになります。 - この領域ではキャリアコンサルタントがクライアントの「相談内容」に基づいた新たな「見立て」を見つけることができる領域です。キャリアコンサルタントが新たな「見立て」の可能性を見つける為には、まだ意識が出来ていないクライアントの「相談内容」に関する経験をしっかりと認識する必要があります。
- ここでは、キャリアコンサルタントは質問ができないので、クライアントのことをより理解する為には「相談内容」に関する経験をしっかりと「傾聴」する必要があります。
(ここでの「傾聴」は良く聴くという一般に想定されているものより、若干難しいものです。自らの「見立て(自己概念)」を一旦架空の棚の上に置いておいて、積極的に(Active)に傾聴(Listening)する必要があります。)
④S/S領域「話せない/質問できない」領域
- クライアントは、実感としての「解決策」が存在しません。キャリアコンサルタントも、「見立て」の意識外でもあります。
以上の点から、通常の対話ではなかなか到達が難しい領域です。 - この領域に到達する為には、次に示す「リフレクション」やそれに伴う新たな「気づき」が必要です。
- この領域には、まだ双方が気づいていない新しい「解決策」が眠っている領域と言えます。
以上が、それぞれの領域の特徴になります。キャリアコンサルタントは本質主義的な価値観から自らの「見立て」に沿って①C/C領域から②S/C領域へと行きがちですが、効果的な「解決策」に向かうの為には、社会構成主義的な関りを行う為に③C/S領域に移行し必ずクライアントの「相談内容」に関する経験への傾聴を行ってから②S/C領域に展開をする必要があります。
上記にも示しましたように、②S/C領域「話せない/質問できる」領域におけるクライアントに対する詰問的な関りが発生する原因として、キャリアコンサルタントが今まで自らが基準としてきた本質主義を前提として関わってしまうという点があります。本質主義的な関りとは、傾聴をしながらもクライアントの中に「解決の答えがある」とか、周囲との関係性において「解決に結びつく事象がある」はずと仮定をすることです。つまりいわゆる「見立て」を立てる原動力となるものです。一方で、傾聴(ナラティブ)を主体とした社会構成主義的な関りとは、クライアントの中や周囲との関わりにもともと課題となるようなものは存在せず、クライアントの自身の認知・発言や周囲との対話が課題という形で発生させてしまっていると捉えます。
但し、本質主義と社会構成主義は併存していると捉えていますので、基本的にはクライアントがある時点における本質主義的な課題解決を求めていることが多いこともあり、次の意識マトリックス理論(キャリアコンサルティング②)で解説しているようにそれぞれ縦横の展開を意識しながら、関わってゆくになります。
ここでの大切なもう一つの観点は、C/S領域でひたすら「傾聴」を重ねて行っても、何らかのきっかけがなければクライアントの課題解決領域であるC/S領域には到達できないのではないかということです。
教科書では、「来談者中心療法を意識して、受容・共感・一致をしながら傾聴をしてゆけば、クライアントの自己概念の成長がおこり、クライアントは自身の力で課題を解決する。」とされてはいますが、セラピストでなく誰が傾聴しても結果は同じなのか、また、傾聴しているだけでは課題の背景領域であるC/S領域でより悩みが固定化がされてしまわないかというような疑問も出ます。
この意味からキャリアカウンセラーのスキルである「リフレクション(クライアントの意識の反射の意)」「クライアントの鏡になる」という機能が、クライアントの意識を解決領域であるS/C領域に展開させ、クライアントの「相談」の解決に結びつくのではないかと考察しています。このリフレクションの為にはそれぞれのカウンセラーのリソースが影響するものと考えられます。
次は、意識マトリクス理論(キャリア開発面談《キャリアコンサルティング》②))にて、「傾聴」と「リフレクション」の機能についての確認をしてゆきます。
☆リンク先からから「意識マトリクス理論」に関する論文「マーケティング実務における初心者理解促進と品質向上の為の定性調査体系の試み」(井上昭成,2020)がダウンロード出来ます。
「意識マトリクス理論」についてのマーケティング関連情報は、こちらを参照下さい。